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バンデン・プラとは?

バンデン・プラ(Vanden Plas)は、もともと自動車のボディを専門に製造していたコーチビルダーです。後にオースチンに買収され、その後BMC(British Motor Corporation)、BLMC(British Leyland Motor Corporation)の一部となり、「バンデン・プラ」の名前は高級グレードのブランド名として使われるようになりました。最後にその名称が使用されたのは、ジャガーXJのグレード名でした。
バンデン・プラの始まり
バンデン・プラのルーツはベルギーにあり、創業者ギヨーム・バンデン・プラが1870年に馬車の車軸製造を始めたことに遡ります。その後、1884年に馬車の製造を開始し、1898年にはコーチビルダーとしての事業を本格化させました。
1913年には、イギリスに「Vanden Plas(England)Limited」を設立し、自動車のボディ製造を開始。ロールス・ロイス、ベントレー、アルヴィス、ダイムラー、ラゴンダといった高級車メーカーのボディを手がけていました。
第二次世界大戦中の1939年には、デ・ハビランド社の「モスキート爆撃機」や「タイガー・モス複葉機」の翼を製造するなど、航空機産業にも携わっていました。

事業の始まりは1870年、鍛冶屋のギヨーム・バンデン・プラスは、ブリュッセルにある叔父の鍛冶屋で馬車の車軸の製造を始めました。
1884年にはベルギーの都市アントワープで馬車そのものの製造を開始し、後に生産をブリュッセルに戻しました。
1898年にビジネスの拡大に伴いギヨーム・バンデン・プラと彼の3人の息子、アントワーヌ、アンリ、ウィリーによってコーチビルダーとなるカロッツェリア・バンデン・プラが設立されました。
1913年にはイギリスに自動車のボディを制作する支社Vanden Plas(England)Limitedを設立しました。
第一次世界大戦中は航空会社に買収され、その後1922年には一度倒産しましたが
その一年後にはバンデン・プラスのマネージャーであったエドウィンフォックスが会社の権利を獲得し、Vanden Plas(England)1923Limitedとしてアルビスやベントレー等のボディを製造しました。
1930年代にはアルビス、アームストロングシドレー、ベントレー、ダイムラー、ラゴンダ、ロールスロイス、タルボ等のボディ制作を請け負っていました。

戦後の変遷とオースチン傘下へ
戦後、バンデン・プラはコーチビルダーとしての業務を再開しましたが、イギリスの自動車産業が大手メーカーに吸収されていく流れの中、1946年にオースチン・モーター・カンパニーの子会社となりました。
1952年にはオースチンがモーリスと合併しBMC(British Motor Corporation)となり、バンデン・プラはBMC傘下の高級車ブランドとして確立されていきます。
バンデン・プラが製造したオースチンプリンセスリムジンは1952年にイギリスのアールズコートに展示され、生産された最初の2台はエリザベス2世女王陛下によって購入されました。その後長きに渡ってバンデン・プラの車は英国王室の車として一部が使用されていました。

その後親会社であるオースチンは1952年にはモーリスと合併しBMCとなりました。
1959年にはオースチンA99ウェストミンスターのバッジエンジニアリングとしてバンデン・プラ プリンセス3リッターとして販売を始めました。

年表
- 1870年 – バンデン・プラがベルギーで馬車の部品製造としてスタート
- 1913年 – ベルギーのコーチビルダーの英国支社を設立
- 1923年 – 新会社バンデン・プラ(イギリス)設立
- 1931年 – ベントレー車の4分の1がバンデン・プラによって製造
- 1946年 – オースチン・モーター社がバンデン・プラを買収
- 1947年 – オースチン120プリンセス3.5リッターリムジンを販売
- 1947年 – オースチン135プリンセス4リッターリムジン販売(1956年まで)
- 1956年 – オースチン・プリンセスIV 4リッター オートマチックトランスミッション搭載
- 1958年 – プリンセスIVを別ブランドで発売
- 1959年 – プリンセス3リッターを販売(オースチン・ウェストミンスターのバッジエンジニアリング)
- 1959年 – プリンセス4リッターを販売
- 1960年 – バンデン・プラをブランドとして発足
- 1964年 – プリンセス4リッターRを製造(ロールス・ロイス社製エンジン)
- 1963年 – プリンセス1100(ADO16 Mk1)を販売
- 1967年 – プリンセス1300 (ADO16 Mk2)を販売
- 1969年 – リムジン「プリンセス4リットル」「4リットルR」の生産終了
- 1969年 – プリンセス1300の新モデルを販売
- 1980年 – 最後の自社モデル「1500」の生産終了
ADO16とは
1960年頃にBMCは バンデン・プラをブランドとして立ち上げ、プリンセスの名を付けた3台のモデルを発売しました。
- ADO16ベースのプリンセス
- オースチンA135プリンセス
- バンデン・プラ・プリンセス 4リットル(ロールスロイスエンジン)
その中のADO16はBMCと後のBLMCで1963年から1974年までに様々なブランド名で販売された小型自動車となります。
ADO16は6種類のブランドで販売されました。
オースチン、モーリス、MG、ライレー、ウーズレー、バンデン・プラもその中の一つとして販売されました。
ADO16とはAmalgamated Drawing Officeプロジェクトナンバー16を意味しており、BMCの設計及びエンジニアリング部門の事を呼びます。
1950年代初頭から生まれたこのAODプロジェクトは番号ごとに車両やエンジニアリングのプロジェクトに割り当てられ、中には生産モデルになったものもあります。
代表的なものでADO13オースチンヒーレースプライト、ADO15 Mini、ADO23 MGB、ADO53 オースチンA110ウェストミンスターがあります。
開発者はミニと同じアレック・イシゴニスで彼はミニの成功に続いて、より大きく革新的な技術を取り入れた車の設計に着手しました。
ボディデザインはカロッツェリア・ピニンファリーナへ依頼され、また1973年までに約2,365,420台のADO16が生産されたと報告されております。
プリンセス1100


| スタイル | セダン |
| エンジン | Aシリーズ水冷直列OHV4気筒 1100㏄及び1300㏄ |
| 駆動レイアウト | FFレイアウト |
| ホイールベース | 2,375 mm |
|---|---|
| 全長 | 3,725 mm |
| 全幅 | 1,534 mm |
| 全高 | 1,346 mm |
| 重量 | 832 kg |
ADO16ベースの1100モデルのシリーズは1962年から1967年まで製造されており、ハイドロラスティックサスペンションが特徴的でした。
ハイドロラスティック・サスペンションとは、アレックス・モールトンが1955年に考案したサスペンションの名称となります。鉢形の小室・ゴム製ダイアプラムで作られた小室を金属板で仕切った構造で、両部屋にはアルコール・防腐剤の混ざった水が注入されており、この2部屋間で水が往復した際に、ショックアブソーバーとしての働きが可能となります。

またフロントにはディスクブレーキを搭載し、当初デビューしたのは直列4気筒1098ccのBMC・Aタイプエンジンを搭載するモーリス・1100でした。
その後にMG・1100、オースチン・1100が登場し、また1963年にバンデン・プラ・プリンセス1100が登場しました。

バンデン・プラ・プリンセス1100は他のADO16モデルより上位グレードとして登場しました。
インテリアには計器類を埋め込み式にした全幅ウォールナット材のダッシュボード、同じくウォールナット材のドアトップのモールディング、フロントシートの後部に取り付けられたピクニックテーブルなどが採用されました。
ルーフライニングにはイングランド西部の布が使用され、床は高級なウィルトンカーペットで覆われ、すべてのシート着用面には英国の高級自動車に使用されていたコノリーレザーが使用されました。
各フロントシートには個別の折りたたみ式アームレストが取り付けられ、中央のアームレストはリアベンチに取り付けられました。
読書灯は各リアクォーターパネルに取り付けられました。走行中の騒音をさらに減らす為、さらに追加の吸音材が使用されました。
より大きなリアバンパーが各後輪アーチの周りに伸びて取り付けられ、リアオーバーライドが各テールランプの真下に取り付けられました。
4速オートマチックトランスミッションは1966年から販売され、SUシングルキャブレターが装備されており、マニュアルトランスミッション車にはツインHS2キャブレターが搭載されていました。
生産台数は15,256台で、そのうちオートマチックトランスミッションであったのは88台のみでした。


1967年4月から9月にかけて、プリンセス1100には、SUシングルキャブレターが搭載された「A」シリーズ1275ccエンジン仕様がありました。これにより、5250rpmで58馬力になり、最高速度は約141キロになりました。この車はVandenPlas Princess 1275として知られておりバッジが付けられています。「1275」トランクバッジを除けば プリンセス1100と違いはまったくありませんでした。

プリンセス1300(Mark1~Mark3)

プリンセス1300 Mark1の生産は1967年9月に始まりました。プリンセス1100との外観の違いはテールフィンの造形が若干変更されており、フロントフェンダーにライトマーカーを取り付けられ、ホイールはベンチレーテッドタイプとなりました。


インテリアではシートのデザインが変更され、表皮のみにレザーを使用し、その他の表皮には別の生地が使用されました。
またフロントドアの小さなゴム製ポケットは廃止され、代わりにフロントシート背面のピクニックテーブルの下に取り付けられた大きなポケットが採用されました。
エンジンは5250romで58bhpの出力を発揮する1275cc SUシングルキャブレター搭載の「A」シリーズエンジンとなり、オールシンクロメッシュ4速マニュアルギアボックスと4速オートマチックトランスミッションモデルが販売されました。

1968年4月にマイナーチェンジしたMark2のマニュアルトランスミッションモデルは、5750rpmで65馬力となり、SUツインキャブレターを搭載しています。オートマチックトランスミッションモデルは、5250rpmで60馬力となり、前モデルと同じSUシングルキャブレター搭載していました。
生産台数は 11717 台となります。
Mark3は1971年9月から販売されました。
性能に関してはMark2と同じで全体的に大きな変更はありませんでした。
サイドのマーカーが廃止され、新しいマニュアルギアボックスノブと、ヒーターコントロール用のモールドが取り付けられました。
この頃にはメーカーオプションとしてヒーター付きリアウィンドウ、スチール製スライド式サンルーフ、ツインスピーカー付きラジオ等がありました。1974年まで生産されており、生産台数は 10108 台となります。
クラシックカーとしての魅力
バンデン・プラは、当時の英国車ならではのエレガントなデザインと高級感が魅力です。特にプリンセス1100や1300は、
- 高級感のあるウッドパネルとレザーシート
- しなやかな乗り心地を実現するハイドロラスティックサスペンション
- 小型車ながらも快適な居住空間
といった特徴を持ち、現在でもクラシックカー愛好家に人気があります。
バンデン・プラを所有した有名人
樹木希林さんと浅田美代子さん
日本の名女優である樹木希林さんは、生前、バンデン・プラ・プリンセスに乗っていました。1999年、浅田美代子さんが母親の看病のために小型車を必要としていた際、樹木さんは自身のバンデン・プラを浅田さんに譲渡しました。この車は、外観はバンデン・プラですが、内部は日産マーチにカスタマイズされており、浅田さんは21年以上にわたり愛用しています。
ドラマ『刑事貴族2』での使用
1991年から1992年に放送された日本テレビ系の刑事ドラマ『刑事貴族2』では、水谷豊さん演じる刑事・本城慎太郎の愛車としてバンデン・プラ・プリンセスMk-III 1300が登場しました。このドラマでの使用により、日本国内でのバンデン・プラの知名度が高まりました。

映画『誰かが彼女を愛してる』での使用
1992年公開の映画『誰かが彼女を愛してる』では、中山美穂さん演じる主人公・高野つばさの愛車としてバンデン・プラ・プリンセスが使用されました。この作品でもバンデン・プラの存在感が際立ち、多くの視聴者の印象に残りました。
まとめ
バンデン・プラは、もともと高級車のボディ製造を手がけたコーチビルダーであり、後に英国車の高級グレードを象徴するブランドとなりました。特にプリンセス1100や1300は、小型車でありながら高級感のあるインテリアと快適な乗り心地で人気を集めました。
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